今日は朝から、荷物の整理に車内の掃除、お庭の落ち葉掃きまで片づけました。
旧宅の退去が無事に済み、山荘での新たな暮らしも、徐々に馴染んできています。
生活の大枠が整えば、美観に目を向けられますので、
気持ちの良い空間をつくろうと、あれこれ手を動かしていて、
気付けばゆうに、2時間が経っていました。
ひと息入れて朝食の間に、
オーナーご夫妻が朝どりの筍を届けてくださり、さっそく茹でることに。
玄関先に旬の味覚が届くとは、なんとも贅沢!!

さらに今日は、先住のSさんもお見えになって、
この家での暮らし方や細かな注意点などを教えていただき、本当に助かりました。
話題のさ中、「桜川市の桜がまだ見られるよ」とのSさんの言葉を受けて、
午後は種々の用足しがてら、同市の「雨引観音」へと向かいました。
山の方へ入っていくと、空気が変わっていくのがわかります。
道中は桜も散るばかり、下から見る山並みにも色味は乏しく、少々不安になりましたが、
境内に入ると、桜がまだ残っていました。
花期としては、ほぼほぼ終わりかけではあったのですが、
本堂の奥には 八重桜が見事に開き、見上げると、花に包まれるような感覚も。

そして驚いたことに、こちらは桜だけではなく、生き物がとっても多い!!
孔雀が放たれているのも驚きでしたが、その他、鶏にアヒル、池には鯉、駐車場にはヤギが数頭。
皆が皆、人慣れしていて、逃げるでも避けるでもなく、悠々と生きている。
私の方が、彼らの生活圏にお邪魔しているのだなと、そう感じるばかりでした。

今日の行程を踏みながら、境内を散策しながら、ふと考えたことがあります。
自分は、隣市へ向かうトンネルを掘ることもできないし、
仏像を刻むことも、お寺を建てることもできない。
この世界には、本当にいろんなことができる人たちがいて、その積み重ねの上に、自分の今の生活があるのだなと。
千手観音の像にも詣でましたが、あの手の多さを見れば 人ならぬ業。
すべてを一人でやることなんて、やはりできないのだと思います。
それでも、ひとつひとつ、自分の手で触れられることはある。
料理をすること。
人と話すこと。
場を整えること。
言葉を書くこと。
そういう小さなことを、少しずつ手がけていくことが、自分にできることなのだろうと思いました。
多くの人の手によって、さまざまな命によって支えられている この世界で、
自分もまた、自分の手でできることを差し出していく。
それが、自然な形での“お返し”なのかもしれません。
夕方、まだ明るいうちに山荘へ戻ってきました。
ここしばらくは、暗くなってから帰る日が続いていたので、
余白のある時間に帰ってこられるのは、それだけで少しホッとします。
今晩は、いただいたたけのこをシンプルにお醤油で。
鶏ひき肉で、軽めのキーマも作ろうと思います。
今日受け取ったものを、自分の手で整えて、明日への命を紡いでいく。
そんな一日となりました。

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