無駄と うっかりと 成長と

Facebookで、友人がシェアしてくれていた記事を読んだ。
107歳の美術家、篠田桃紅 の言葉だ。

「無駄はとても大事です。無駄が多くならなければ、だめです。」

用だけをきっちり済ませる人生は、1+1=2。
無駄のある人生は、1+1を10にも20にもする。

読んだ瞬間、「あぁ、いいこと言うなぁ」と思った。
同時に、少し切なくもなった。

僕はわりと、真面目一辺倒で生きてきた。
効率よく。
抜けがないように。
失敗しないように。

どちらかと言えば、
無駄を削ってきた側の人間だ。
穴を作らないことこそが、生存戦略だったのだ。


けれど、この二日間で、僕はうっかりを二つやらかした。

一つは、人手の段取り。
先日、店を引退されたシェフの奥様が
まだシフトにいらっしゃる感覚が残っていて、
土日の人員確保を詰めきれていなかった。

もう一つは、祝日の営業日設定。
月曜祝日は営業なのに、
ウェブ予約の設定を反映させ忘れていた。

以前の僕なら、
ずいぶん動揺しただろうし、
責められているようにも感じ、
防衛に入っていたと思う。

けれど今回は、違った。

「うっかりしました」と言えた。
そして、シェフの
「みんなにもわかるようにしておいてくれ」
という言葉を、素直に受け取れた。

僕が失念したら、誰も気づかない構造なのだ。
完全に委ねられていて、他に意識を払う者がない。
問題は、僕の人格ではなく、仕組みではないか。

そう思えた。


昔の僕は、
失敗すると怒られる、
価値が下がる、
だから隠さなければならない、
そんなメンタリティで生きていた。

でも今は、
「僕だってミスはする」と思えている。

それだけでも、
ずいぶん軽くなった。

ハリネズミみたいに、
鎧をまとわなくても良くなってきた。

鎧を解くハリネズミって、こんな感じ?

無駄のない人生は、
きっと効率的だ。

でも、失敗や寄り道や、
ちょっとしたうっかりも、
人間の余白なのかもしれない。

常々、深みのある人間になりたい、と思っていたけれど、
もしかすると、
こうやって少しずつ鎧を脱いでいくこと自体が、
深みの現れなのでは、と思われるのだ。

今の僕は、
そんなに嫌いじゃない。

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