休日の朝。
顔を洗って、コーヒーを淹れ、部屋を軽く整える。
ゴミを出し、乾いた洗濯物を少し片づける。
ひと通りのことを済ませて、湯気の立つカップを手に座ったとき、
「ああ、ありがたいな」と思った。

以前は、日々生きるだけで精一杯だった。
目の前の仕事をこなし、日常のタスクを片し、
心も身体も、余白がなかった。
けれど今、こうして朝に落ち着いてコーヒーを飲めている。
それだけで、ずいぶん違う。
このブログを始める際に、明らかにしているけれど、
近く、移転と転居とを控えている。
それによって、月々の固定費はいくらか抑えられる見込みだ。
細かな計算はこれからだし、
家を管理する手間も増えるだろう。
単純に「安くなる」と言い切れる話でもない。
けれど、これは節約の話ではない。
必要な収入の水準を少し下げることで、
時間の使い方を変える。
これまでのように、時間を切り売りして固定費を支える生活から、
固定費を見直し、時間を取り戻す生活へ。
経済の再配分であり、
時間の再配分でもある。
とくに守りたいのは、朝の時間だ。
早朝や深夜の仕事をできるだけ減らし、
朝にこうしてコーヒーを飲み、一日の算段をしてから動く。
それは贅沢というより、
人間らしさに近い気がしている。
勿論、そうした働き方で、世を支えている方々には頭が下がるし、感謝しかない。
その上で、私自身は、朝を守りたく思っているのだ。
朝が整うと、
その日の心持ちが整う。
心が整うと、
選ぶ言葉も、作る料理も、少し変わる。
朝を守れるかどうかは、
生き方を守れるかどうかだと思う。
もちろん、保障が増えるわけではない。
むしろ安定という意味では、減るのかもしれない。
けれど今回の一歩は、無謀な賭けではない。
実験だ。
うまくいくかどうかを、検証してみる。
自分の手で、自分の生活を組み替えたら、
どうなるのかを試してみる。
以前の自分なら、不安が先に立って踏み出せなかった。
今は、それを挑戦として扱える。
それは環境の変化というより、
自分の内側が少し成熟したということなのだと思う。
今朝の気持ちをひと言で表すなら、希望だ。
生き延びる段階から、
自分らしい人生を組み立てる段階へ。
明日は、友人に向けてテイクアウトのカレーを出す日。
小さな実験を重ねながら、
自分の仕事を育てていく。
朝コーヒーを飲みながら、
人生の再設計をしている。
大きな決断ではない。
けれど確かな一歩だ。
今日も、希望から一日を始める。


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