運ぶ日、運ばれる日

引っ越しというのは、ただ荷を運ぶ作業だと思っていた。
住む場所を変えるなら、所持品も同じく移すだけ。至ってシンプル。

けれど実際に動いてみると、それは違っていて、
人の手を借りながら、生活を少しずつ移していく時間のようでした。
移行期間の「あわい」があって、心と身体がしずしずと馴染んでいく。そんなひととき。

引っ越し初日。
今日は朝と夕方と、二度に分けて荷物の搬出を行いました。
業者を頼らず、自分たちの手で。

山荘オーナーのTさんご夫妻と、そのご友人Kさんに手伝っていただきながら、
事前にまとめていた荷物を送りだしていきます。

冷蔵庫や洗濯機、本棚4台、衣装ケース、いす等々が、
これまでの場所から離れ、新たな地へと旅立っていく。

自分ひとりでは、とてもじゃないけれど動かせなかったものが、
人の手が入ることで、当たり前のように動いていく。

その光景を見ながら、
ああ、自分は一人で生きているわけではないのだな、と胸に沁みて。

お金で解決していては見えないものが、
ご縁でつながり、力を合わせていくと見えてくる。
おのずと感謝があふれます。


途中、ナビ任せで走っていたため、道を遠回りしてしまうなど、
小さな行き違いもありました。
お互いに疲れている中で、
そうしたズレが気になったりもして。

それも含めて、
今日という一日の風景だったのだと、そう思います。


山荘に着き、荷物を下ろして。
どの品をどこに持ち込むか、どう配置をするべきか、頭を絞ってみます。

二度ほど入らせていただいてはいましたが、
思っていたよりも、広い。

そして、どこか余白がある。

この場所をどう使おうか、
どこに何を置こうか、
人が来たとき、どんな流れになるだろうか。

そんなことを考えながら、
キッチンや居間、書斎に寝室まで一通りを見、整えていく時間は、
不思議なくらい楽しくて。


整えるというのは、
物を片付けることではなくて、
流れをつくることなのかもしれない。

手が自然に伸びる場所に道具があり、
無理なく動ける配置があり、
そこにいるだけで気持ちが整うような空間。

そんなものを、ゆっくりとでも作っていく。

作業効率とともに、空間的快さをも
兼ね備えるように。思案のしどころ。

振り返ってみると、

自分が運んでいるようでいながら、
また、どこかへ運ばれているような感覚もありました。

人の手に支えられながら、
場所に迎え入れられながら、
少しずつ、自分の居場所が移っていく。


まだすべてが整ったわけではないけれど、

ここから、
この場所をどう育てていこうかと考えると、
自然と頬が緩んできます。

この山荘が、
誰かにとって、また皆にとって「帰ってこられる場所」になるように。

ただただ楽しみながら、手を入れていこうと思うのでした。

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